第3話「日曜日、まずは洗濯から」
今日も良い天気、僕は朝早くから昨日出来なかった洗濯物を干している。
一週間分の下着やタオルを次々に洗濯物干しハンガーにかけていく。洗濯が嫌いといえども、一人暮らしが長いせいか、ずいぶん手慣れてしまった気がする。
洗濯物がみっちりと隙間なく干されている洗濯干しハンガーはこれでもかというくらい体を反らして揺れている。
「折れなきゃいいけど……」
洗濯物を干すのを終え、少しダラッとしたい気持ちを抑え、外に出かける準備をする。
「とにかくこの部屋から脱出しないと!」
ここでまたネットを開いてしまうとまた昨日の繰り返しだ。すぐに部屋着から外着に着替え、ノートと筆記用具、そして学生時代に書いて日記をバッグに詰め込んで出発。
「ちょっと行ってくるね、亀山」
外はポカポカ陽気。家から歩いて数分の喫茶店に向かう。
喫茶店の中は、まばらにお客さんがいるだけでわりかし静かだ。コーヒーと簡単なサンドイッチを頼み、席で一息入れる。
「さてさて……」
ノートを取り出して机の上に広げ、真っ白なページに今日の日付を書き、どうすれば現状を変えることが出来るかを少し考えてはみたものの……
「よくわからんなぁー」
少し考えてみてもイマイチ思い浮かばないので、昔の日記を取り出してパラパラと読んで見ることにする。
そこには「大学の授業のメモ」などの真面目なものもあったが、「今日見た映画の感想」とか「健康ジュースの作り方」などなど、極めつけは「女子大の先生になりたい」というとてもじゃないが、人に見せられない内容も多く書いてあった。
「……変態すぎる!」
「まぁ、女子大の先生になって下さいと言われれば……なりますけどもね」
冗談はさておき、当時の自分は何を考えていたのか、それを知るために日記をもう一度じっくりと読んでみる。
読んでみると日記の所々に「海外に行きたい」とか「外国語をやらなきゃ」という一文がある。
「海外ねぇ、いいねぇ」
海外に行きたいとか、外国語をしゃべりたいという想いは大学生なら多くの人が持つものだと思う。確かに僕の周りにもそういう友達は多かった気がする。
学生時代に僕も海外旅行というものをした。団体でいったこともあったし、一人旅したこともあった。
やはり帰国後は「もっといろいろなところ行きたい!」とか「語学をやらなきゃ!」とかそういう思いを持ったし、何か海外で働けたらなぁと漠然と思ったもの。
「だけど、現実はむずかしいんだよなぁ」
確かにその通り。そして、社会人になった今は海外旅行に行くことすら難しい現実だし、仕事から帰ってきてから語学を勉強するなんて根性のない僕にとってはかなりつらい。何もせず、昨日の土曜日のようにグータラと生きている。
「でも……今でもちょっと思ってはいることだよなぁ」
過去の日記を読みながら、はたまた自分の頭の中をゆっくり巡りながら、今もそういう想いがあるということ気づく。
ペンを持ち、真っ白なページに『海外』『外国語』の二文字を記して、しばらく休憩する。
第2話「何かが変わるかもしれない土曜日?」
五日間のとても辛い日々が終わり、サラリーマンにとっては週で一番うれしい日がやってきた。そう、今日は土曜日!
朝七時ぐらいに窓から差し込む日差しで一度目が覚めたが、やはりそこは休日。
「あぁ、二度寝しよ」
仕事から少しだけ解放されて、いつもよりも長く寝ることがこんなに幸せに感じるのもどうかと思うが、なんとも”うふふ”な瞬間である。
またしばらくして二度寝から目が覚める。時計を見るともう十時近い時間になっている。三度寝するほど眠くはなかったが、起きるのはまだ面倒くさい。スマホをいじりながらベッドでごろごろする。
「さてと……」
適当なところでスマホいじりをやめ、ベッドから起き上がり、とりあえず亀山にエサをやる。
「亀山、今日は喫茶店でも行って昨日のことゆっくり考えるわ」
昨日の夜に思ったことを実行するべく、今日は時間をゆっくり使って、これからのことを考えようというのだ。
「……でも、その前に掃除かな」
なんせ一人暮らしであるから、家事はとにかく自分でしなければならない。はっきり言って面倒くさいが、一週間たまりに溜まったゴミや洗濯物が部屋中に散乱しているため、その汚さが嫌でも気になる。
「とりあえず、洗濯、洗濯」
大学生時代から一人暮らしをしているから、一人暮らし歴はかなり長い方だが、あんまり好きになれないのが洗濯だ。
洗濯機を回して、干して、それをたたんでしまうという三つのことをやらなきゃいけないっていうのがもう面倒くさい。
重い腰をゆっくりと動かし、洗濯機の中に一週間分の溜まりに溜まったシャツや下着、タオル類を思いっきり詰め込んで、洗剤を入れてスイッチオン。
部屋に戻りソファに腰を掛け、食パンと牛乳を飲みながら洗濯が終わるのをしばらく待つ。
机の上にはパソコン、スリープ状態でランプが点滅している。
「暇だな、洗濯終わるまでネットするか……」
体を起こして、電源ボタンを押す。
ネットを開いて、最近はやりの映画やらドラマが見れる動画配信サイトにアクセスしてみる。暇つぶしにいいかなと思って最近加入したばかりなのだ。
「あっ、 このドラマ懐かしい!」
目に留まったのは、自分が中学生ときに見たことがあるドラマ。確か、“三十歳過ぎの独身のヒロインが仕事に恋に一生懸命!!”そんな感じの内容だったはず。
「久しぶりに見てみよ」
そのドラマの第一話を見てみる。
「……」
開始数十分、ドラマにすっかりのめり込んでいる自分。
ドラマの中のアラサーヒロインが社会の波に流されて人生に迷っているシーンが、似たような境遇の自分に重なり、中学生のときに見たときとは全く違う面白さなのである。
「こりゃ、面白いわ……」
気がつけば第二話、第三話を見ている自分。衣服が大量に入っているせいでドコドコドコドコ轟音を響かせながら動いていた洗濯機はもうとっくに静かになっている。
ここまでくると、ドラマを途中で中断して洗濯物を干そうなんて気などおきない。ポテトチップスと缶ビールを取り出しひたすら続きの回を見続ける
いつの間にかお昼が過ぎ、時計を見ると時刻は三時になろうかというところだ。昨日の夜に思った「何かを変えなきゃ!」という思いが頭をよぎる。
「だけど……」
「もう一話見てからにするかな」
昨日の想いはどこへ行ってしまったのだろう? 大事なことよりも目の前にある楽しみに負けてしまう自分なのである。……というか昼間っからアルコールを飲んでいる時点で、残念ながら今日の試合は終了だ。
気づけば日が暮れ、一日が終わりに近づこうとしている。
「やっちまったか……」
軟体動物のようにべったりとソファにくっついてしまっている今の自分。この時間になって初めて今日の過ごし方がなんとも情けないものだったと後悔する。
しかしながら、もう、何か考えられるような状態でない。
「はぁ、寝るかな」
亀山にエサをやり、そのままベッドに潜り込む。
「考えるのは……明日にしよう……」
「何かが変わるかもしれなかった土曜」しかし、外にも出ず、誰とも話さず、ぐうたらして終わりという「いつも通りの土曜日」であった。
まきのとおる物語 第1話「まきのとおる!」
「ただいまー」
金曜日の仕事帰り、自宅アパートの扉の鍵を開け、誰もいない部屋の照明スイッチをつける。
一週間バタバタと働いたせいか、見るからにくたびれてしまっているスーツとズボンを脱いで、ハンガーにかける。
部屋着に着替えることなく、そのままソファに重い体をドシリと沈みこませる。
「……はぁ~」
この下着姿でソファにぐったりしている青年が、恥ずかしいことに僕である。
僕の名前は「まきの とおる」。東京都に住む平凡なサラリーマンだ。年齢は二十六歳で、かに座のA型。最近はやけに疲れるせいか、休日は家に引きこもってドラマや映画を見ながらダラダラと過ごしてしまうことが多い。ちなみに、彼女はいない。
「はぁ~、つかれた……」
ソファで少しくつろいだ後、テーブルの上に置いてあるパソコンの電源を押す。
パソコンが立ち上がるまでの間に、冷蔵庫から買い置きしておいたビールを取り出してコンビニで買ったお弁当と一緒に飲み干す。
「ふぅ……」
なんとも不健康でわびしい食事だと自分でも分かっているけど、かといって自炊なんてする気力などもなく、仕事を始めてからのここ数年は毎日こんな感じだ。
いつもと同じ味のコンビニ弁当。美味いとかそういう感覚はなく、空腹を満たすためにただ食べているという感覚。
そしてそれをビールで流しこみながら、インターネットのバラエティ動画を見てたまに笑っている自分。
いやはや、なんともむなしい。
僕は、大学に通うために田舎から上京してきたのだけれど、なんだかんだで東京には7年ぐらい住んでいる。
田舎の人間からすれば、東京に出てくるということは、地方にはない華やかなことを体験したいという憧れを抱いて来るもの。
まぁ、学生時代はろくにアルバイトもしなかったから、金のない生活でもしょうがないと思っていた。
しかし大学を卒業してもう3年が経とうとしているのに、今の僕の生活は「華やかな生活」とは全くかけ離れている。
朝起きて、仕事に行って、帰ってきてネットをしながらコンビニ弁当を食べて……寝る。ひとすらこれの繰り返し。
僕が、大学時代に思い描いていた社会人ってもっと輝いていて、仕事に一生懸命で毎日を楽しんでいる……そんな自分をイメージしてたし、そういう風になれるって学生時代はそう思っていた。でも現実はそうじゃなく、まぁ下っ端だからしょうがないのかもしれないけど雑用みたいな仕事も多いし、人間関係で色々気を使わなきゃだし、本当に気が滅入る日々で心身ともに参ってしまっている。
「なんかもっとさぁ、なんかもっとないもんかねぇ……」
毎日こんなことを思っている。
「……なんだか眠くなってきたな」
ビールのアルコールが回ってきたのか、すごく眠くなってきた。
「……なんか考えないとだなぁ」
「このままじゃダメなんだろうなぁ」と漠然と分かっている気はする。このまま流されてたら、あっという間に年月が過ぎて、気がつけばもう何も出来ない歳になっているかもしれない。人生は一回きりとかそんな大げさなことは思わないけど、やっぱり何かしないと。
「……はて、何ができるのやら」
少し考えてみるけど、アルコールが回っている状態で考えると途端に睡魔が襲ってくる。
「あーだめだわ、ほんとに眠くなってきた」
「明日少し考えるか……」
もうシャワーも歯磨きも面倒臭い!と思って、ベットに潜り込む。
明日は土曜日で会社は休み。いつもなら休日にも関わらず、朝からテレビやネットで時間をつぶして、とにかく体力を使わずにだらだらと過ごしてしまうが、明日は久しぶりに喫茶店でも行って、コーヒーでも飲みながら少し頭使ってみるかな。
そんなこを考えているうちに、いつの間にか寝落ちした。