まきのとおる物語 第1話「まきのとおる!」
「ただいまー」
金曜日の仕事帰り、自宅アパートの扉の鍵を開け、誰もいない部屋の照明スイッチをつける。
一週間バタバタと働いたせいか、見るからにくたびれてしまっているスーツとズボンを脱いで、ハンガーにかける。
部屋着に着替えることなく、そのままソファに重い体をドシリと沈みこませる。
「……はぁ~」
この下着姿でソファにぐったりしている青年が、恥ずかしいことに僕である。
僕の名前は「まきの とおる」。東京都に住む平凡なサラリーマンだ。年齢は二十六歳で、かに座のA型。最近はやけに疲れるせいか、休日は家に引きこもってドラマや映画を見ながらダラダラと過ごしてしまうことが多い。ちなみに、彼女はいない。
「はぁ~、つかれた……」
ソファで少しくつろいだ後、テーブルの上に置いてあるパソコンの電源を押す。
パソコンが立ち上がるまでの間に、冷蔵庫から買い置きしておいたビールを取り出してコンビニで買ったお弁当と一緒に飲み干す。
「ふぅ……」
なんとも不健康でわびしい食事だと自分でも分かっているけど、かといって自炊なんてする気力などもなく、仕事を始めてからのここ数年は毎日こんな感じだ。
いつもと同じ味のコンビニ弁当。美味いとかそういう感覚はなく、空腹を満たすためにただ食べているという感覚。
そしてそれをビールで流しこみながら、インターネットのバラエティ動画を見てたまに笑っている自分。
いやはや、なんともむなしい。
僕は、大学に通うために田舎から上京してきたのだけれど、なんだかんだで東京には7年ぐらい住んでいる。
田舎の人間からすれば、東京に出てくるということは、地方にはない華やかなことを体験したいという憧れを抱いて来るもの。
まぁ、学生時代はろくにアルバイトもしなかったから、金のない生活でもしょうがないと思っていた。
しかし大学を卒業してもう3年が経とうとしているのに、今の僕の生活は「華やかな生活」とは全くかけ離れている。
朝起きて、仕事に行って、帰ってきてネットをしながらコンビニ弁当を食べて……寝る。ひとすらこれの繰り返し。
僕が、大学時代に思い描いていた社会人ってもっと輝いていて、仕事に一生懸命で毎日を楽しんでいる……そんな自分をイメージしてたし、そういう風になれるって学生時代はそう思っていた。でも現実はそうじゃなく、まぁ下っ端だからしょうがないのかもしれないけど雑用みたいな仕事も多いし、人間関係で色々気を使わなきゃだし、本当に気が滅入る日々で心身ともに参ってしまっている。
「なんかもっとさぁ、なんかもっとないもんかねぇ……」
毎日こんなことを思っている。
「……なんだか眠くなってきたな」
ビールのアルコールが回ってきたのか、すごく眠くなってきた。
「……なんか考えないとだなぁ」
「このままじゃダメなんだろうなぁ」と漠然と分かっている気はする。このまま流されてたら、あっという間に年月が過ぎて、気がつけばもう何も出来ない歳になっているかもしれない。人生は一回きりとかそんな大げさなことは思わないけど、やっぱり何かしないと。
「……はて、何ができるのやら」
少し考えてみるけど、アルコールが回っている状態で考えると途端に睡魔が襲ってくる。
「あーだめだわ、ほんとに眠くなってきた」
「明日少し考えるか……」
もうシャワーも歯磨きも面倒臭い!と思って、ベットに潜り込む。
明日は土曜日で会社は休み。いつもなら休日にも関わらず、朝からテレビやネットで時間をつぶして、とにかく体力を使わずにだらだらと過ごしてしまうが、明日は久しぶりに喫茶店でも行って、コーヒーでも飲みながら少し頭使ってみるかな。
そんなこを考えているうちに、いつの間にか寝落ちした。